中国車の欧州猛攻、ついに本格化──EVだけじゃない
2025年、ヨーロッパの自動車市場において、ある静かな革命が進行している。それは中国メーカーによる前例のない進出だ。電気自動車(EV)を武器にするだけでなく、むしろ現在の規制環境に柔軟に対応する形で、あえてガソリン車による「プランB」を展開している中国車メーカーたち。
この潮流は、単なる台数の問題ではない。1980年代に日本車がアメリカを席巻した時と同様に、中国車は価格と品質の再定義をもたらしつつある。そしてこの動きは、ヨーロッパの自動車業界全体の構造を根本から揺るがし始めている。
本記事では、中国メーカーの欧州進出の背景と戦略、欧州各国の対応、そして将来的な影響について、詳しく分析していく。
◆ なぜ中国車が今ヨーロッパに押し寄せているのか?
まず最初に押さえておきたいのは、2024年の時点で中国では約3,100万台の自動車が生産されたという事実。そのうち半分以上、つまり約1,600万台以上が依然として内燃機関(ICE)車だ。つまり、EVの国という印象とは裏腹に、中国には依然としてガソリン車を生産・販売する巨大なインフラとノウハウが存在している。
そして今、その“旧式の武器”がヨーロッパで新たな役割を果たし始めている。欧州連合(EU)は2023年以降、中国製EVに対して高い関税を課しており、特にBYDやNIOなどの大手は45%前後の追加関税を課される見込みだ。これにより、EVをそのまま中国から輸出するのは採算が合わなくなっている。
そこで登場したのが「プランB」、すなわち“関税対象外”であるガソリン車での進出戦略だ。
◆ 欧州シェアが2倍に、プランBの成果
ニューヨーク・タイムズによれば、中国の自動車メーカーの欧州市場シェアは2024年4月時点で約5%に達し、前年の2.5%から倍増。たった1年でシェアを2倍にするという成果は、成熟した欧州市場では極めて異例の出来事だ。
その背景には、以下の要因がある。
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中国製ガソリン車の品質向上
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信じられないほどの低価格
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欧州ブランドではカバーできない価格帯・ニッチ市場への投入
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ディーラー網の構築(特にイタリア・スペインなど)
イタリアのディーラー幹部は、中国メーカーについて「何でもできる」と表現したという。もはや「安かろう悪かろう」のイメージは過去のもので、中国車は確実に進化している。
◆ 欧州が直面する二つの政治的圧力
中国車の急進出に対し、欧州各国政府も静観しているわけではない。ただし、対応は国によって大きく異なる。
① テスラの失地:中国車が代替となる理由
中国車の受け入れを後押しする一因が、米テスラのイメージダウンだ。イーロン・マスクCEOが極右思想を公に支持したことで、ドイツやフランスなどの中道・左派層から強い反発を受けている。
そのため「テスラを買いたくないが、EVは欲しい」という層が、中国車を検討するようになっている。
② 左派政党と雇用保護圧力
多くの欧州諸国では、左派や中道政党が政権を担っており、彼らは国内の雇用維持を重視する。中国車が欧州市場に安価で流入することで、地場メーカーのシェアが奪われ、工場閉鎖・リストラが加速する懸念がある。
これが、将来的な保護主義的政策の復活を招く可能性もある。
◆ BYDの“欧州現地生産”という抜け道
中国最大のEVメーカーであるBYDは、すでにハンガリーやトルコに工場建設を開始している。この動きの意義は非常に大きい。
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輸入関税を回避(現地生産は関税の対象外)
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雇用創出による政治的反発の回避
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物流コスト削減と納期短縮
これにより、BYDは欧州政治の“地雷”を巧みに避けながら、確実にプレゼンスを高めている。フィアットやプジョーといった地場ブランドに比肩するか、それ以上の製品をより安価に提供できるという現実は、欧州の消費者にとって魅力的だ。
◆ 米国は無関心?欧州は独力で中国と向き合うしかない
欧州市場において、中国車の拡大を止めるためにアメリカが関与する可能性はほぼゼロに近い。ゼネラルモーターズ(GM)はすでにオペル/ボクスホールを売却して欧州から撤退済みであり、フォードは商用車セグメントに集中している。
つまり、欧州は「自分たちの力だけで中国に立ち向かわなければならない」という状況にある。
この点で欧州は、80年代のアメリカと非常によく似ている。あの頃、日本車が大量に流入し、価格と品質の両面でアメリカ車を凌駕した。だが、結果的にはアメリカ市場は良質な車が安価で手に入るようになり、消費者にとってはプラスだった。
同じように、欧州でも「最終的には中国車によって消費者が恩恵を受ける」という見方が出てきている。
◆ なぜイタリア・スペインが中国のターゲットなのか?
ドイツやフランスのような自動車大国ではなく、なぜ中国メーカーはイタリアやスペインを狙っているのか?理由は明確だ。
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既存ブランドのプレゼンスが弱い
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イタリアではフィアットが主力だが、低価格セグメントの独占状態が続いており、そこに中国車が割って入る余地がある。
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スペインでは外資系ブランドの影が薄く、価格競争が発生しにくい。
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経済格差と購買力
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平均所得がドイツやフランスより低いため、「安くてそこそこ品質がいい車」が歓迎される市場。
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政策的緩さ
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関税・規制面でもドイツほど厳しくない。
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このように、戦略的に“弱点”を突く中国メーカーの動きは、ある意味で戦術として非常に洗練されている。
◆ 欧州の反撃は可能か?鍵を握るのは中所得層
中国車の進出に対抗するには、欧州メーカーも価格競争に耐えられる車種を用意する必要がある。しかし、高コスト体質の欧州メーカーにとって、これは非常に難しい課題だ。
その結果、以下のような事態が想定される。
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① 高価格帯のプレミアム車に特化(BMW、アウディなど)
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② 小型・低価格車からの撤退(ルノー・プジョーなど)
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③ 政策的に中国車を締め出す(関税強化、補助金廃止)
だが、これらはすべて“防戦”であり、積極的な攻勢にはなりえない。
◆ 結論:中国車の欧州進出は、もはや“選ばれる時代”へ
かつて「日本車が来る!」と恐れられたように、いま「中国車が来る!」という声が欧州中に響いている。しかし、当時と違って中国車はただの廉価車ではなく、品質も一定水準に達している。
それどころか、EV・ハイブリッド・ディーゼル・ガソリンとあらゆるパワートレインを持ち、多国籍の生産ネットワークを構築しており、「何でもできる」状態だ。
そして、欧州市場における中国車の浸透は、単なる経済の話ではなく、政治、雇用、文化的価値観にまで影響を及ぼす可能性がある。
ヨーロッパは今、問われている──「品質×価格×戦略」で勝負する中国車にどう立ち向かうのか?
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