
はじめに:Rは誰のためのクルマか?
ドイツが誇るフォルクスワーゲンのホットハッチ「ゴルフR」。GTIの上位モデルとして、日常走行からワインディング、さらにはサーキットまでをも視野に入れた万能スポーツハッチバックだ。
2025年モデルはミッドライフのマイナーチェンジを経て、さらなる熟成を遂げている。2.0Lターボエンジンは328馬力へとパワーアップし、新設計の12.9インチインフォテイメントシステムも搭載。見た目は控えめでも、その中身は着実にアップグレードされている。
しかしこのゴルフR、価格は約5万ドル(日本円で約750万円)と、GTIより約2万ドル、そして兄弟車のAudi S3とほぼ同価格帯。しかもマニュアルは廃止され、装備内容によってはより上級車にも手が届く価格となる。
果たして、なぜ「R」を選ぶのか。この記事ではその答えを、実際の試乗レビューをもとに深掘りしていく。
最新ゴルフRのスペックと装備のポイント
2025年型ゴルフRに与えられた改良は、主に以下のような項目に集約される。
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エンジン出力向上:2.0L直列4気筒ターボは328psを発揮(従来比+13ps)。
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トルクは295lb-ft(約400Nm)で据え置き。
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トランスミッションは7速DSGのみ。MTは廃止。
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電子制御式トルクスプリッター搭載の4MOTION AWD。
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19インチ鍛造ホイールが標準装備。
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ヘッドライトはスイベル機能付きLEDに進化。
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12.9インチの新型インフォテイメント画面を採用。
また、パークアシストプラスや15Wの急速ワイヤレス充電器といった快適装備も追加され、利便性は確実に向上している。
それでもなお、価格に見合うだけの“走り”がなければ、このクルマは成立しない。それを試すべく、米国サミット・ポイント・レースウェイでの試乗が行われた。
サーキットで見せたRの本領
試乗の舞台となったのは、アメリカ・ウェストバージニア州のサミット・ポイント・レースウェイ。その中でも、タイトで起伏に富んだ“ジェファーソン・サーキット”が選ばれた。
プロドライバーのタナー・ファウストがハンドルを握り、筆者が助手席に同乗。使用したのは「ニュルブルクリンクモード」。これは実際にドイツのニュルで開発されたセッティングで、サスペンションを若干柔らかめに保ち、凹凸のある路面でも接地性を損なわないよう調整されている。
特に印象的だったのは、タイトな左コーナーを抜けた直後の加速。従来のFFベースAWDではアンダーが出がちな場面でも、Rは後輪トルクスプリッターが機能し、右リアタイヤへトルクを集中。車体を意図したラインに乗せる挙動は、まるでリア駆動車のようだった。
公道では“快適な猛獣”
このような挙動が実現できるのは、4MOTION AWDに電子制御式トルクスプリッターを搭載しているからだ。左右に最大50%ずつのトルクを配分可能で、路面状況や走行モードに応じてリアの挙動を積極的に制御する。
その恩恵はサーキットだけでなく、公道でも感じられる。一般道での挙動は滑らかで、ハンドルは軽め。だが、加速は鋭く、ブレーキのフィールも自然。GTIよりも明らかに落ち着きと剛性感があり、**“上質な猛獣”**と表現するのがふさわしい。
ただし、ステアリングの感触はややナーバスで、路面からのインフォメーションは抑えられている。その点では、ホンダ・シビック・タイプRのような純粋なドライビングプレジャーとは異なる路線を歩んでいる。
外観と内装の“変わらなさ”が示す価値観
エクステリアは大きな変更がない。フロントフェイスが若干引き締まり、LEDライトが可動式になった程度。ボディサイドには「R」のバッジが付き、ホイールも鍛造品へとグレードアップされたが、全体の印象は控えめで、あくまで“日常に溶け込むスポーツカー”としての美学を貫いている。
インテリアについても、目新しさはあまりない。大きな変化としては、インフォテイメント画面が12.9インチへ拡大され、操作性が改善されたこと。そして、バックライト付きのタッチスライダーが採用された点が挙げられる。
一方で、物理ボタンの不在や、ピアノブラックパネルの多用、質感の安っぽさといった課題は依然として残っている。GTIなら許容できるが、Rでは価格帯を考えると見過ごせない部分だ。
オプションパッケージで個性を出せるか?
ゴルフRにはいくつかの選択肢が用意されている。
標準仕様($48,325)
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ブラックナッパレザー
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シートヒーター&ベンチレーター
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19インチ鍛造ホイール
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最新インフォテイメントとパークアシストプラスなど
ブラックエディション($49,640)
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すべてのエクステリアパーツをブラック化
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カーボン調インテリアトリム
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無個性という意見もあるが、引き締まった印象
ユーロスタイルパッケージ(+$3,795)
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クラブスポーツ風ArtVelours×布シート
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電動調整やサンルーフを省いて80ポンド軽量化
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アクラポヴィッチ製チタンマフラー(性能向上はなし、音質のみ)
ライバルとの比較で見える立ち位置
このセグメントには多くのライバルが存在している。
モデル名 | 価格(米ドル) | 特徴 |
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Audi S3 | $49,995 | 兄弟車で高級感と快適性を重視 |
Civic Type R | $47,045 | MT専用で純粋なドライビングプレジャー |
GRカローラ | $39,995 | 軽量でタフな3気筒AWD |
インテグラType S | $54,095 | 走りと快適性のバランス型 |
WRX tS | $46,875 | ラグジュアリー志向のAWDセダン |
それぞれに強みがあるが、「日常での快適さ+サーキット走行可能な性能」を同時に持ち合わせているのは、ゴルフRとS3だけだ。価格帯は高めだが、そのユニークな立ち位置は十分に検討に値する。
まとめ:それでも「R」を選ぶ価値がある人へ
ゴルフRは、万人におすすめできるクルマではない。価格に対して内装の質感は見劣りし、デザインも地味。しかし、そのドライビング性能、シャシーバランス、そしてAWDによる走行安定性は群を抜いている。
このクルマを真に楽しめるのは、GTIでは物足りず、S3では刺激が足りないという人。日常でも走りでも妥協したくない、そんな“選ばれし者”にこそ、このゴルフRは真価を発揮する。
あなたがこの一台に魅せられたなら、きっとそれは「理屈ではなく、感覚」で選んだということなのだ。
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