欧州の電気自動車政策の転換点? — マセラティのEVスーパーカー計画中止
近年、欧州は電気自動車(EV)の普及に力を入れてきました。しかし、ここにきてその方向性に変化の兆しが見え始めています。象徴的なのが、イタリアの高級車ブランド・マセラティが計画していたEVスーパーカー「MC20 Folgore」の開発中止です。これは、単なる一企業の経営判断ではなく、欧州全体のEV政策に影響を与える可能性を秘めています。本記事では、その背景と影響について詳しく掘り下げます。
■ マセラティのEVスーパーカー「MC20 Folgore」開発中止の理由
マセラティは当初、2026年までに6種類のEVモデルを投入する計画を立てていました。しかし、2025年3月、同社はその中核を担うはずだった「MC20 Folgore」の開発を中止すると発表しました。その主な理由は、EVスーパーカー市場における需要の不足でした。
● 販売不振と市場の冷え込み
マセラティは2024年、前年と比べて58%の販売減少を記録しました。特に中国市場における販売不振が大きな要因となっています。マセラティの親会社であるステランティスのCFO、ダグ・オスターマン氏は次のように述べています。
「特に中国市場の動向を認識し、ラグジュアリー市場が電動化へ移行するスピードに関する期待値を再評価する必要があった。」
中国市場はEVの世界最大市場でありながら、高級EVの需要は思ったほど伸びていません。これは、電気自動車が一般大衆向けの実用的な車種では普及しつつある一方で、スーパーカーのような高額車種では市場が未成熟であることを示唆しています。
● ユーザーの嗜好と市場調査の結果
また、マセラティの顧客層が依然として内燃機関(ICE)車に強いこだわりを持っていることも、開発中止の要因となりました。マセラティは以下のようにコメントしています。
「市場調査の結果、MC20の顧客はF1由来の技術を採用したV6エンジン『Nettuno』を搭載したICE車に強い関心を持っており、BEVへの移行にはまだ抵抗があることが判明した。」
この結果を受け、マセラティはMC20 Folgoreを開発中止し、代わりにガソリンエンジンを搭載する「GT2 Stradale」バージョンの生産に注力する方針を決定しました。
■ 欧州のEV偏重政策に対する転換の兆し?
マセラティの決定は、単なる一企業の戦略変更にとどまりません。これまで欧州は、2035年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止するという方針を掲げ、各メーカーにEV化を迫ってきました。しかし、今回の件はその流れに対する修正が必要であることを示唆している可能性があります。
● EV市場の成長鈍化と政府補助金の縮小
EV市場は近年、急速に成長してきましたが、2024年以降、その成長率が鈍化しています。さらに、欧州各国ではEV補助金の削減が進んでおり、EVの価格競争力が低下しつつあります。
● 高級EVの市場形成の難しさ
テスラを筆頭に、一般向けのEVは一定の成功を収めていますが、高級EVの市場はまだ確立されていません。ポルシェ・タイカンなど一部の成功例はあるものの、フェラーリやランボルギーニ、マセラティのようなブランドがEVスーパーカーを成功させるのは容易ではありません。
● 中国の影響
中国市場の動向は、欧州メーカーのEV戦略にも大きな影響を与えます。中国ではBYDなどの現地メーカーが低価格EV市場を席巻しており、欧州勢は苦戦しています。マセラティのEV計画が中国市場での需要不足を理由に頓挫したことは、他の欧州メーカーにとっても重要なシグナルとなるでしょう。
■ 今後の展望:欧州メーカーはどう動くのか?
マセラティの決定を受け、今後他の欧州メーカーもEV戦略を見直す可能性があります。例えば、メルセデス・ベンツはEQシリーズの販売不振を受け、EV専用プラットフォームの開発計画を縮小する動きを見せています。また、BMWやアウディも、EV化を進めつつもプラグインハイブリッド(PHEV)などの選択肢を増やす方向にシフトしつつあります。
● 内燃機関車の存続
今回の件は、EV一辺倒ではなく、内燃機関車(ICE)やハイブリッド車(HEV)との共存を模索する流れを加速させる可能性があります。特にスポーツカーやラグジュアリーカーの分野では、電動化が即座に成功するとは限らないため、当面はICE車が一定のシェアを維持することになるでしょう。
● EVの多様化と市場適応
EVの普及は避けられないものの、その形態は多様化する可能性があります。欧州メーカーは、EVスーパーカーだけでなく、より実用的なEVの開発に注力する方向へシフトするかもしれません。
■ 結論
マセラティのEVスーパーカー開発中止は、欧州のEV偏重政策に対する修正の兆しとなるかもしれません。EV市場の成熟には時間がかかり、特に高級EVセグメントでは顧客の受容度が低いことが浮き彫りになっています。今後、欧州メーカーはEV戦略を見直し、より現実的なアプローチを取る必要に迫られるでしょう。
欧州の電動化政策がどのように変化するのか、そして各メーカーがどのような選択をするのか、引き続き注目していきたいと思います。
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