
序章:アメリカ人の心をつかんで離さないHEMIエンジンとは?
「HEMI(ヘミ)」という言葉を聞くだけで、胸が熱くなるクルマ好きは少なくないだろう。爆発的な加速、胸を揺さぶるエキゾーストサウンド、そして荒々しくも美しい存在感——。それら全てがHEMIエンジンの象徴だ。
2020年代に入り、自動車業界は電動化の波に飲まれつつあり、内燃機関の象徴ともいえる大排気量V8は、静かに姿を消そうとしていた。だがここに来て、希望の光が差し込んできた。Stellantis(ステランティス)が、HEMIエンジンの生産を再開するというのだ。
本記事では、この朗報の詳細を追いながら、HEMIエンジンがなぜこれほどまでに人々に愛されるのか、そしてその歴史的背景と未来の可能性について深掘りしていく。
第1章:HEMIエンジンの起源と進化の歴史
1-1. 「HEMI」の名の由来
「HEMI」とは「Hemispherical Combustion Chamber(半球型燃焼室)」の略である。燃焼室の形状が球面になっており、これが燃焼効率と出力特性の向上に寄与する。
1-2. 伝説の始まり:初代HEMI(1950年代)
HEMIエンジンの歴史は、1951年に登場した「Chrysler FirePower V8」から始まる。この331立方インチ(約5.4L)のV8エンジンは、航空機エンジン技術を応用し、当時としては革新的なパワーと効率性を誇った。1955年には300馬力を超えるモデルも登場し、アメリカ人は「HEMI=パワー」のイメージを焼き付けられた。
1-3. 第二世代(1960〜70年代):426HEMIの伝説
1964年、NASCARレースのために開発された「426HEMI」はまさに伝説そのもの。排気量は7.0Lを超え、公称425馬力(実際はそれ以上)を発揮した。
「Elephant Engine(象のエンジン)」と呼ばれたこの怪物エンジンは、Dodge Charger DaytonaやPlymouth Superbirdといった名車に搭載され、モータースポーツの歴史に名を刻んだ。
1-4. 第三世代(2003年〜):HEMIの復活と現代化
長らく姿を消していたHEMIは、2003年に「5.7L HEMI V8」として復活。以降、6.1L、6.4L、そして6.2Lスーパーチャージド版(Hellcatエンジン)など、次々と進化を遂げ、Dodge Challenger/Charger、Ram 1500、Jeep Grand Cherokeeなどに搭載され、アメリカ車の象徴として君臨し続けた。
第2章:HEMIが育てたアメリカンマッスルたち
2-1. Dodge Challenger/Charger:HEMIの真骨頂
2008年に復活したDodge Challengerは、5.7L/6.4L/6.2LのHEMI V8を搭載し、マッスルカーの再来を強烈に印象付けた。中でも2018年に登場した「Challenger SRT Demon」は、840馬力という狂気の出力でゼロヨンを9.65秒で駆け抜け、世界中の注目を集めた。
Chargerもまた、4ドアセダンでありながら700馬力オーバーのモデルを展開するなど、ファミリーカーに「狂気」を与えた異端児である。
2-2. Ram 1500:ピックアップトラックの王者
「アメリカの心」とも言えるピックアップトラック。中でもRam 1500に搭載されたHEMI V8は、仕事と遊びの両面で活躍する万能エンジンだった。6.2Lスーパーチャージャー搭載のTRXは、オフロード性能とドラッグマシンのような加速を両立した稀有な存在だ。
2-3. Jeep Wrangler/Grand Cherokee:オフローダーにもHEMIの魂
オフロード性能で知られるJeepにも、HEMIの魂は宿る。Wrangler 392は6.4L HEMIを搭載し、まるで岩山をV8の咆哮で駆け上がるかのような体験を提供した。Grand Cherokee SRTもまた、ラグジュアリーSUVにパフォーマンスを融合した名車だった。
第3章:消えゆくHEMI?電動化の波に押された背景
3-1. ステランティスの方針転換とTavares前CEOの存在
Stellantisは、2020年代に入り、グループ全体で急速にEVシフトを進めてきた。その中でHEMIエンジンは「環境にやさしくない象徴」とされ、次世代ChargerやRam 1500からは姿を消した。
報道によれば、Carlos Tavares前CEOがHEMI廃止を強く主導したとされており、社内でも賛否が分かれていたようだ。
3-2. アメリカ政府の動きとEV政策の揺れ
2024年に米国政府がEV優遇措置の撤廃や燃費基準の見直しを示唆したことにより、ガソリン車の未来にも希望が見えてきた。規制緩和の動きが、HEMI復活の追い風となった可能性もある。
第4章:復活の狼煙!HEMI再生産の兆し
4-1. Mopar Insidersによる報道
2025年3月、Mopar Insidersは「StellantisがHEMIエンジンの生産再開を準備している」と報じた。
報道によれば、ミシガン州デトロイト南西の「Dundee Engine Plant」で、以下のエンジンが製造される予定だという:
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5.7L HEMI V8
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6.4L HEMI V8
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6.2L スーパーチャージドHEMI(Hellcat系)
生産は2025年8月にも始まる可能性があるとされており、HEMIは「第4の夜明け」を迎えることになる。
4-2. Gen IIIアーキテクチャの継続
再生産されるHEMIエンジンは、2003年から続く「Gen III」アーキテクチャがベース。これは耐久性と信頼性に定評があり、今後も多くの車両に対応可能と見られている。
4-3. 新型大排気量HEMIの噂も
一部では、さらに大排気量の新型HEMIが開発中との噂もあり、Drag Racingや限定モデルに搭載される可能性があると報じられている。
第5章:なぜ今HEMIが求められているのか?
5-1. ガソリン車=悪ではないという反動
一部ユーザーの間では、EV至上主義への反発が根強く存在する。彼らにとって、V8エンジンの咆哮は「自由」の象徴であり、ドライバーと車の一体感を最も強く感じられる存在だ。
5-2. 文化的背景:HEMIはアメリカの魂
HEMIエンジンは、ただの機械ではない。それはドラッグレース、NASCAR、クルーズ文化、DIYカスタム……アメリカの自動車文化を支えてきた「魂」だ。だからこそ、「なくなってはならない」という声が後を絶たなかった。
第6章:今後の展望とHEMIの未来
6-1. ハイブリッドやE-Fuelとの共存
将来的には、HEMI V8をベースとしたハイブリッドやE-Fuel対応モデルが登場する可能性もある。実際、欧州ではポルシェが合成燃料による内燃機関の延命を模索しており、HEMIにもその可能性はある。
6-2. 限定生産やコレクター市場での価値上昇
HEMI搭載車は今後ますます希少価値が高まることが予想され、コレクターズアイテムとしての価値も上昇する。今のうちに手に入れておく価値は十分にある。
結語:HEMIは不滅か?それとも最後の輝きか?
今回のHEMI復活報道は、クルマ好きにとって間違いなく朗報である。だが、それが「完全復活」なのか、それとも「最後の花道」なのかは、まだ分からない。
だがひとつだけ確かなのは、「HEMI」は単なるエンジンではなく、文化そのものであるということだ。
人とクルマの関係が薄れていくこの時代だからこそ、HEMIのような存在が改めて必要なのかもしれない。
HEMIよ、再びその轟きを世界に響かせてくれ——。
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